ある程度所得がでている個人事業主のお客さまより、個人事業を法人化したら手元に残る額は増えるのかを聞かれる事があります。法人化して納税負担を減少させることが出来るのなら、事業資金・生活資金を増やせるのではと考えられてのことでしょう。
ただし、法人化をした場合の一つのメリットである手元資金の増減については、納税負担の増減以外にも考える必要があります。特にサービス業・飲食業などの個人事業主で、従業員を雇っておられる事業の場合には注意が必要です。
1.法人化した場合の節税
一般的には事業所得が500万円程度になってきたら法人化を検討をしてもいいのではといわれています。
法人成りのメリットは様々ありますが、最大のものの一つに給与所得控除を使えることがあげられます。個人で事業を行っているときは、収入から必要経費を差し引いた金額を出し、(青色申告をされている場合は)青色申告特別控除額65万円を控除した金額が事業所得として課税されるのに対して、法人で事業を行うときは、収入から必要経費を差し引いた金額の残りを法人から代表者に役員報酬として支給することで、給与所得となり、必要経費とは別に給与所得控除額が使えるこちから、個人事業主の所得より小さくなり、個人の所得税が安くなることが上げられます。
500万円程度の事業所得があがっており、今後も拡大が見込まれるのであれば法人化すると納税負担が軽減されるというのは、青色専従者がいるかや所得控除がどの程度あるかによって変わってきますが、概ね間違っていないと考えます。
2.社会保険料の負担を考慮すると手元現預金は減少する可能性も!
ただし、法人化すると負担水準が代わるのは、税金だけではありません。社会保険料のことも考える必要があります。法人化すると社会保険料の負担が増加するケースが多いからです。
(1)事業主自身分の社会保険料負担
増加する原因の一つは事業主本人分の社会保険料負担額の増加です。事業主本人分の加入する健康保険、年金は国民健康保険・国民年金から協会けんぽ・厚生年金に変更になることにより、(役員報酬の設定にもよりますが)社会保険料の負担増が発生することが多いです。
なぜなら事業主個人分の社会保険料負担は、厚生年金に加入することで本人負担(役員報酬の約15%)と自分が設立する会社の法人負担(同じく役員報酬の約15%)をあわせると役員報酬の約30%相当額を、社会保険料として納付する義務が生じるからです。この15%の法人負担も、広い意味では自己負担と考えていいでしょう。なぜなら、法人の経費が増えると、支給する役員報酬の額もマイナスの影響をうけ、結果として自分の手元資金が減ることにつながるからです。
(2)従業員分の社会保険料負担
そしてもう一つの原因が、法人化すると、正社員等一定の従業員についても協会けんぽ・厚生年金に加入する義務が生じることから、従業員の社会保険料の会社負担分が発生してきます。
個人事業主については、常時5人未満の従業員の場合は、社会保険の適用事業所にならず、社会保険の加入義務はありません。また常時5人以上の従業員を有する場合は社会保険に加入することが原則でありますが、サービス業・飲食業等については、個人事業主を続ける限り、従業員が何人に増えようと、社会保険への強制加入義務は生じないのです。しかし、法人なら従業員の人数にかかわらず、すべての業種で社会保険への加入義務が生じることから生じてくる、その社会保険料負担分が新たに生じてくるのです。(参考サイトはこちら)
上記(1)・(2)の社会保険料の負担を考慮すると、上記に記載した節税メリットが失われてしまい、当初の狙いとは違い、結果として事業主が事業や生活用に使える手元資金が法人化したことにより減少することもあります。
例えば、あくまで概算計算ですが、まず代表取締役が年収700万円に報酬を設定したとすると、自分の給与からその15%の105万円、自分が設立した会社がほぼ同額の105万円負担し、合計210万円の社会保険料負担が発生することになります。これは、国民年金及び国民健康保険料の保険料の額を超えるのが通常です。
また従業員の社会保険料の会社負担分ですが、一例として40歳以上の従業員3人を雇用しており、一人当たりの平均年収が300万円で、300万円×3人=年間900万円の給与を払っている個人事業主が法人化した場合で考えてみましょう。法人化することによって、(社会保険料の本人負担分約15%は給与から天引きしそのまま納付するだけでいいのですが)事業主が設立した法人にも給与の約15%の会社負担分の社会保険料の納付義務が発生することから、年間で900万円×15%=135万円の社会保険負担が新たに生じることになるのです。
以上の社会保険料負担額は、法人化による納税負担の減少額を超えてしまうケースも多く、結果として、事業主が今の時点で自由に使えるお金は減ってしまうこともあります。
3.法人成りを検討する際には新たに生じる社会保険料負担も考慮して検討を!
法人成りには、さまざまなメリットがありますが、もし所得税・住民税の納税負担やご自身の国民健康保険料の額が高いと感じられ、その負担を減少するために法人成りする際には、必ず社会保険の負担をふまえてご検討いただきたいと思います。
法人化して社会保険に加入していない会社もあるようですが、法律的には適法ではありません。また現実的にもマイナンバー制度がはじまり、法人番号が付与されることで年金事務所も社会保険未加入の会社を把握しやすくなり、指導を強めている現状をふまえれば、これから法人化するなら社会保険への加入は避けて通れないでしょう。
私も法人成りの相談があり、シュミレーションを作成する際には社会保険料負担も考慮したうえで、事業主の手元に残る額の大小を比較するのですが、その部分をふまえると従業員を雇っておられる方はなかなか法人化に至らない、つまり個人事業主で続けた方が手元にお金は残るケースが多くなるケースが一般的です。
手元資金の増加のみをメリットと考え法人化する場合は、逆の結果となる場合もありますので、ご注意ください。
(参考図書)
この法人成りの書籍は、社会保険料負担等も含めて、法人成りを検討している良書だと思います。ただ、専門書に近いので、税金の知識がない人は少し読みにくいかもしれませんが・・・。
今西 学
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