よく遭遇する私の自律神経が乱れてしまう2つのマナー違反について

みなさん。こんにちは。now3のアドレスでブログを更新している大東市の税理士・社労士の今西 学です。

昨日、ヤフーニュースで、自転車のライトを付けないマナー違反についての記事が出ていました。(正確に言うと道路交通法違反でもあります。)

私は、ボランティア活動などの善い行いは絶対にすべきものとは思わないのですが、こういうマナーを守ること、身近で周りの人への配慮をするということは、出来るだけ心がけるべきだと強く思っている人間です。

よって、そういうマナー違反をみると、腹立たしく思い、自律神経が乱れそうになってしまいます。

1.自転車を無灯火で乗っている人には腹立たしさを感じてしまいます。

私の住んでいる周辺でもよく無灯火で自転車を運転する人を見かけます。私が現在暮らしているのは、大阪でも少し郊外になるので、夜になると明るい道ばかりではありません。

私は車は乗らないのですが、歩行者として歩いているときや、自転車に乗っているときなどに、向かいから突然自転車が近づいていることに気づくことがあります。特に自転車に乗っているときなどは、おたがいそこそこのスピードで近づくことになるので、少しびっくりしてしまうことがあります。(私の方はライトを付けているので、相手方は対抗の自転車である私が近づいていることを把握出来ているゆえ、びっくりしないでしょうが)

今日、このテーマで記事を書こうと思い、夜に買い出しに自転車を使ったときに、反対側から対抗してくる自転車について、ライトをつけていない数を数えてみました。結果は25台中、12台。およそ半分がライトをつけていません。(たまたま確率が少し高かったのかもしれませんが)

小・中学生ぐらいの子どもなら、ライトをつけないことが周りの人にとっても危険であることをわからないのも仕方がないのかもしれません。でも、成人になってわかっていないのはどうなのかなと。私自身、別に善人ではありませんが、でもこういうことは、行わないといけない周りへの配慮で、生きていくための最低限のルールのような気がします。

予想されたこととはいえ、前記のヤフーニュースでは、ライトをつけない理由は、ペダルが重くなるからだとか。確かにその気持ちはわかりますが、それぐらいは受忍すべきだと思うのです。それに昔と違い、今なら、2千円もだせば、手動でライトを灯すのではなく、電池でライトを灯すLEDライトなども設置出来るはずです。

記事では、自動車免許をとって初めてライトをつけない危険性を認識するケースもあるとか。でも、車に乗る、乗らないにかかわらず、少し想像力を働かせて周りへの危険性を認識し、ライトをつけようと大人なら思って欲しいなと思います。

考えようによれば、そういう危険性を認識出来ていないのなら、ライトをつけない人を批判しても仕方がないのかもしれません。でも私はどうもその行動から、「自分さえよければいいんだ」というふうな考えを感じ取ってしまい、腹立たしさを覚えてしまうのです。

※<参考>
いろいろなサイトをみていると、自動車の場合は軽微な道路交通法違反に対して、行政処分の反則金という制度のもと、反則金をとられる道路交通法の特例があります。
一方、自転車にはそういう特例がなく、無灯火で自転車に乗ると、5万円以下の罰金処分となるそうです。そうすると、反則金ですむ自動車の軽微な違反と違い、自転車はいきなり前科がつく処分になってしまうとのこと。
それで、比較考量の観点から、自転車の違反には警告はするけれど、実際に罰金等の刑罰は下されないよう運用されているとの記事が見受けられました。(例えばこちらのYahoo!の知恵袋とか。こちらの記事とか。)
よって、自転車の無灯火に対しては警告だけですむのですね。

2.電車の座席を詰めない人にも腹立たしさを覚えてしまいます。

ついでに、もう一つ、最近納得出来ず、腹立たしいのが、電車のシートを詰めないで座っていて、6人掛けなのに他人が座れないように間隔を広くとって5人で座っているのをみたときです。(みなで共謀しているわけではないのでしょうが)

私が利用している学研都市線は、奈良及び奈良に近い京都郊外から大阪市内へ向かう路線です。出発した駅付近では、乗る人が少なく、大阪市内に近づくにつれ、混み合ってきます。それゆえはじめは、広々と詰めて座らなくても全然問題ありません。(むしろ空いているのに詰めて座るのもおかしいでしょう。)

でも、混んできたら、詰めて座るようにするのが当然だと思うのです。しかし、スマートフォンをいじるのに集中して気づかないのかもしれませんが、詰めて座ろうとしない人が多いと思うのです。座りたい人が、「すいません」と隙間を空けるようにお願いしたら、やっと動く。どうなのかなと思います。

もちろん、どう座ろうと自由なのかもしれません。有料の座席シートではないので、早く座った人が広々と使う権利があるというのも一つの考え方かもしれません。でも、私はマナーとして、それぐらいは配慮すべきなのかなと思います。
出来るだけ広々と座りたいのか、面倒なのかわかりません。でも私には周りへの最低限の配慮ができていない、「自分さえよかったらいい」と考えている人に思えてしまいます。

困っている人がいたら必ず助けなければいけないとか、そんな善人のレベルを求めているのではないです。もちろん、それも大切なことでしょうが、私自身もそこまで100%出来ていないのは自覚しています。でも、少し詰めて座るぐらいは少しの心構えで、誰でも出来る気がするのです。そんなふうに考えると、電車に乗るときにしばしば見受けられるこの沿線の光景に、腹立たしさを覚えてしまいます。

以上、”おやじの説教”みたいなことを書いてしまいました。今日のお話は以前から思っていたのですが、公に書くのはどうかなという気もありました。ただ、ヤフーニュースをみて、この機会しかないと思い書くことにしました。

でも、あまり腹を立てて、自分の自律神経を乱しては自分が損するだけです。いけませんね。自分には、いずれの場面でも、一人一人を説教する勇気もありません。
ただ、自分はこれからも上記のマナーをしっかりと守って、ささやかに暮らしていきたいと思っています。

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今西 学

今西 学

大阪の大東市(最寄駅:JR学研都市線の住道駅)で税理士事務所を開業中。(ホームページはこちら) このブログでは、税金・年金・お金の運用など日々の業務で気づいたことや、幼少の頃身体が弱かったことから常に健康で生きていきたいという思いで日々取りくんでいること等を記事にしています。 詳しくはこちら